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ある中国人サイエンティストの話

昨今は、サイエンティストが化学者か、物理学者か、
あるいは、原子力工学者か、エンジニアかをちょっと
詳しく書くと、もう住所、年齢、収入まで、すぐ調べられる
ハッキングの世の中、ちょっと怖いので、このレポートに
曖昧なところがあるとしたら、そんな現状をお察しください。

これから書こうとする中国人の知り合いは、アメリカでも、
世界で名だたる一流の大学の科学部門の研究者です。

この科学者は、毛沢東政権の犠牲者です。
彼は、現在70歳くらい。彼の父親は、アメリカの大学の
あるサイエンス部門で、1910年代に博士号を取った人。しかし、
毛沢東政権下で、家族はバラバラになり、各地で農業労働に
従じさせられることを余儀なくされました。

この科学者の父親にとって、アメリカの大学で博士号を
取得を証明する免状は、実に大切な一枚の紙。しかし、毛沢東政権下では、
全てを投げ打って、決められた土地に、裸一つで農業労働に行かねば
ならなかった「知識人排除社会」でした。強制労働に出る前に、父親は、
深い穴を掘って、大事な博士号証書を埋めて、奴隷のような
生活へと駆り出されていきました。

科学者の息子である、私の知り合いも、科学に優れた才能を持って、
自分でも「この部門」の科学が好きでたまらなかった
ようです。親、兄弟とも離れ離れになって、
彼にあてがわれた住みかは、豚小屋。豚の世話役として、
豚小屋で、豚と文字どおり、寝起きを共にしたそうです。
でも、内緒で持ってきた、科学の教科書を1日の重労働の後に
貪るように勉強。極端な労働平均化の時代に電気もなく、
星の光の下で勉強したのかしら。

この知り合いは、毛沢東失脚後に、中国の一流大学の
あるサイエンス部門で学位を取り、父親と同じようにアメリカの大学で、
博士号を取得。アメリカの市民権も獲得、今では、その科学分野で、
目覚ましい活躍をしています。

これは、晩餐会で、たまたま同じテーブに座った折に、彼から聞いた話なので、
いつか、ゆっくり、詳しくお話を聞きたいものです。

「豚小屋」で、電気もなく、トイレもなく、星の光の下で勉強した、大変な
時代だったのですね。彼は、とても朴訥なオッサンです。かなり前に、
我が家に食事にきましたが、いっぱいお代わりをしていたな。昔を
思って、食べられると時には、たらふく、なんていう考えかしら。

でも、アメリカは彼を市民に迎えて、トクをしたんじゃない?
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コメント

文化大革命

本当にこの革命は,過酷な生活を文化人,知識人に強いたのですね。以前,シュ・シャオメイというピアニストの伝記を読んで、このサイエンティストと重なる生活をしていたことを知り,恐ろしさに身がすくんだことを,思い出しました。

中国の発展

とにかく、文化大革命以来の中国の発展は、色々な意味ですごいですね。
私の友人の台湾人は、何はともあれ、自分が中国人であることを
すごく誇りに感じていると言っていました。いろいろあるのでしょうが。

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